【新しい消費2022】(03) 無人店舗、スピード展開

群馬県北部のみなかみ町は、鄙びた風情が心を癒やす水上温泉郷を抱える。その目抜き通りから路地に入った一角。1940年創業の『お食事処雪松』が静かに佇む。初代店主が生んだ名物のギョーザは、今や全国の完全無人店舗で購入できる。自動販売機ではない。客は冷凍ケースから欲しい分を取り出した後、料金箱に代金を入れ、そのまま持って帰る(※左画像)。地方の農産品直売所のようだ。お釣りは出せないので、1パック36個入りの料金を丁度1000円にした。「長年親しんだ雪松のギョーザを残したい」。三代目店主の甥である長谷川保さん(46)が2016年、幼馴染みで輸入靴の販売会社を手がけていた高野内謙伍さん(47)に相談した。三代目は当時、高齢になり味の伝承に不安を抱いていた。継ぐ筈の長男は若くして亡くなっており、店の存続が見通せなかった。高野内さんは早速、ギョーザを食べてみた。野菜の甘みの中に、にんにくが香る。しっかりとした味付けなのに重くなく、次の1個へと箸を伸ばしたくなる逸品。「食べたことのないガツンとした味。やみつきになる」。高野内さんは「勝負できる」と確信し、事業がスタートした。2人は味の再現に向け、三代目から教えを受けて何とかレシピを完成させる。埼玉県入間市に2018年に構えた専門店は狙い通り、行列が絶えないほど繁盛した。「折角預かった伝説の味を、より多くの人に手軽に食べてもらいたい」。この思いを強めて辿り着いたのが、無人店舗だった。
雇う手間や人件費がかからない。店舗も小さくて済む為、スピード展開できる。直販により温度管理等で品質を保て、自社商品だけを店頭に並べられる。北は青森から南は鹿児島まで、今春に400店舗を達成する見通しだ。料金が払われないリスクを抱えるものの、「皆さんの善意に委ねている」(高野内さん)という。料金箱は重機で持ち出せないほど頑丈に設置している。師匠である三代目は2020年、天国に旅立った。高野内さんは「預かった味で多くの人が喜んでいますよ」と、心の中で感謝を伝えている。恵比寿に昨年5月、ホルモン専門店『naizoo』がオープンした。と言っても焼き肉店ではない。新鮮な冷凍ホルモンを販売する。ここも無人店舗で、全てキャッシュレスで支払う。運営会社の蒲池章一郎代表(38)は嘗て、東京都内に居酒屋を7店舗経営していた。コロナ禍で事業環境が悪化し、事業売却に追い込まれた。それでも飲食業に関わるのは、20年近く従事した業界への恩返しとして、時代の変化に強いビジネスモデルを作りたいからという。「無人販売は一つの形だと思う。業界を目指す人の選択肢になればいい」と願う。人が主役の小売りは慢性的な人手不足が続く。厚生労働省によると、スーパーマーケットやコンビニエンスストア等小売業の現場を中心とした“商品販売の職業”の有効求人倍率は、2020年平均で1.80倍と、職業全体の1.08倍を大きく上回った。民間調査会社『パーソル総合研究所』は、卸売・小売業界は2030年に約60万人が不足すると推計する。人手をかけずに店舗を運営することが、成否を握る。コンビニ大手の『ファミリーマート』は昨年、レジに店員がいなくても決済できる店を東京都内等4ヵ所で始めた。天井のカメラと棚の重量センサーで商品を自動検知し、客は出口近くのモニターで代金を払う。1人で店舗運営する為の試みとなっている。利用者が少なく採算が合わない地域への出店や、過疎地での人が集まる拠点づくりといった活用を想定する。狩野智宏執行役員(52)は、「人手不足が顕在化してくる前に、人手が少なくても運営できるモデルを構築する必要がある」と強調する。『流通経済研究所』の山崎泰弘常務理事は、「無人店舗は運営できる規模や商圏に限りがある。決済システム等をどこまで安価に取り込めるかが、普及のカギとなる」と指摘した。小売業界は、人材確保の為の賃金引き上げ競争が、企業体力の消耗を招くという課題を抱える。コロナ禍で認識された“非接触型消費”のニーズも根強い。完全無人に振り切る戦略は、将来的に有力な店舗拡大策の一つになる可能性がある。
